京極夏彦『嗤う伊右衛門』

京極夏彦『嗤う伊右衛門』

本文より

 

看板は、そこにあると知れば-そこに在った。ならば見えるというよりも、心中に像を結ぶというた方が中っていよう。慥に目明きにはものが見えるが、本来ものは見えるのではない。視るのである。即ち真実にものを視るのは眼に非ず、そう知って宅悦は落ち着いた。

 

嗤う伊右衛門 (角川文庫)