悪魔は暫し、極上に美しく親しみやすい姿で現れる

悪魔は暫し、極上に美しく親しみやすい姿で現れる

 

相は擬態できる。

先日の記事でも書いたが、”相は擬態できる”と言うのは私の最近の関心ごとのひとつである。
相と言うのはつまり、姿、形であり、つまり、見た目のことである。
それらは、擬態、つまり、似せること、作ること、装うことができる。

 

オクシタニアのエクリチュール:伊坂幸太郎『マリアビートル』

 

人の見た目の良し悪しをきちんと自分の感覚で見分けている人は実は少なく、
多くは文化的に価値づけられているものに引っ張られている。
美人とされる人も平安時代と現代では大きな開きがあるのはご存知の通り。
ファッションも流行があり、時代の流れで、オシャレになったりダサくなったり。

 

感覚の中でも視覚から得られる情報が占める割合は大きい。

意識していなくとも、人は視覚から多くの情報を収集しており、その情報に思考が引きずられているものだ。
目を開けていれば、すなわち、自動的に視覚情報が絶えず流れ込んでいることになる。

 

ダイアログインザダークというイベントがあるのをご存知だろうか?
もし機会があれば是非、体験してほしいもののひとつだ。
完全な真っ暗闇で、視覚障碍者の方のアテンドで、歩いてみたり、飲み物を飲んでみたり、 さまざまな日常的なことを視覚情報が一切ない状態で行うことができる。
これは、すごい体験だ。
日頃自分がどれだけ視覚情報に頼っているのか、支配されているのか、実体験として経験できる。

 

そうでなくとも、片足で立ってみて、目をつぶってどのくらいそのままでいられるかやってみるといい。
とたんに、バランスの感覚が取れなくなったりはしないだろうか。
逆に片足で、目を開けてたっていても、前の人がぐらぐらしているのをみてしまうと、自分もそれに引っ張られるということもある。

 

そうではなくとも、見た目をコントロールすることで、人間関係をよくしたり、自分の魅力を引き出したりなどの書物やサービスも昨今はよく見かけるようになった。

 

視覚というものは案外と、現代の人々の感覚を支配していると言えそうだ。

 

悪魔は暫し、極上に美しく親しみやすい姿で現れる②へ続く

Written & Photographed by Aki Kunitake